モドル?

『幸せにならなきゃいけないの?』


1.出会い


東京は今日も星が見えない。
見えるのは星の輝きを邪魔するネオンだけ。




「ねぇ、いくら?」




俺の夜はこの言葉から始まる。





「いくらでセックスさせてくれる?」




臭い吐息を吹きかけながら必死に俺を口説いてくるオヤジ達。

俺は少し笑いながら口を開く。





「5万」





これが日常。


あなたに..もっと早く出会いたかった。

******

「んっ...はぁ...」


適当なオヤジをひっかけて適当なホテルに入って適当に喘ぐ。これで5万。



「...気持ちいいの?ケイゴ」



跡部は2〜3回首を縦に振った。

跡部を抱いている男は歳は50前半といったところか。身なりからいって社会的には相当な身分だろう。



(...ヘドが出るぜ)



その美しく、男を惑わす美貌と裏腹に跡部は心の中で悪態をついた。












「はい、5万」


差し出された5枚の札を跡部は無言で受け取る。

そしてその札をバラのままカバンに放り込むと、さっさと入口のドアへ向かった。



「もう帰るのかい?じゃあ連絡先を...」


男は跡部の肩をいやらしく手を回した。いや...実際には回そうとした。


パシッ...!


「触んじゃねぇよ、変態」


「なっ...!」


そんな汚らしい手で俺に触るな。



「なんだね君は!私が一体誰だか分かってそんなこと...」


「跡部グループ○○商事の専務取締役、だろ?明日は会社にアンタの椅子はないかもしれないぜ?」


ククッと跡部はオヤジを一瞥してホテルを後にした。呆然とするオヤジを残して。

次の日、跡部そのオヤジを会社から追放した。


****

今日も「仕事」を終え、夜の街をひとりとぼとぼと歩いていた。


別に金が欲しいわけじゃない。
ただ...退屈すぎる毎日に、部長として、跡部家の御曹司として毎日かけられる重圧に少しの刺激が欲しかった。


今日手にした札は10枚。2人のオヤジと寝た。

どちらのオヤジも犬のように喘いで跡部の身体を貪った。くだらない。くだらない。くだらない。


そんなことをひっそりと考えていた跡部の視界に何かが映った。





わずかな明かりの中に映る、2つのシルエット。

よく見れば一人の男と1匹の子犬だった。




別段特別な光景なわけじゃない。
小さな公園のベンチで1人の男が一匹の子犬とじゃれているだけ。でも...なぜだか跡部は目が離せなかった。



5分ほどその光景を見つめていただろうか、その男がこちらに気づいた。




はじめて視線の合ったこの瞬間を...跡部は忘れないだろう




「...あんたも犬好きなん?」




なんて綺麗な目




「こっちに来いや。こいつめっさカワエエんやで」




なんて優しい目


引き寄せられるように跡部はその男の方へ足を向けた。




「アンタ名前は?俺は忍足侑士や」


「...跡部景吾」


「跡部か。よろしゅうな」



にっこりと笑うその瞳は...本当に綺麗だった。






「この犬な、ずっとここに捨てられたままなんよ。せやから俺がたまにエサとか持ってきてんけど...」

忍足の腕に心地よさそうにしている子犬は心なしか痩せている。栄養が足りていないのだろうか。


「俺...体弱くてな。せやから家で飼えへんねん」

忍足の悲しみが跡部に伝わるようだった。

跡部は自然に、本当に自然にこう言った。


「じゃあ俺が飼ってやるよ」


子犬を忍足の手からそっと抱き上げた。
人懐っこいその子犬は跡部の泣きボクロのあたりをぺろぺろと舐める。とても可愛らしかった。

それよりもっと可愛らしかったのは...


「ホンマに?!」


ぱあっとまるで太陽のように笑う忍足。

跡部は不覚にもドキッとしてしまった。

今自分の顔は赤くないだろうか。
心臓の音は聞こえていないだろうか。

跡部は照れ隠しといわんばかりに目を逸らす。


「...ああ」

今が夜でよかった。こんな真っ赤な顔は見せられっこない。
きっと子犬だけが今跡部が可愛らしい真っ赤な顔をしていることを知っている。


「ありがとな、跡部」

「別に...」



そしてふたりでしばらく話をした。他愛のないことを。本当に他愛のないことを。

時間はあっと言う間に過ぎた。






「あ...俺もう帰らへんと...」


忍足が腕に巻いた時計を残念そうに見る。


「え...」


跡部はそれを聞いて無性に寂しくなった。

もう会えないのだろうか




「じゃあな、跡部!」


忍足は立ちあがって跡部に手を振って歩き出した。





行ってしまう
行ってしまう
行ってしまう





「忍足!」


気づいたら叫んでいた。叫ばずにはいられなかった。


跡部は子犬をずいっと前に差し出し、


「こいつ、いつでもうちに見に来いよ!」



忍足は笑った。



この笑顔を跡部はずっと心の支えにしていくだろう



「ありがとな!遠慮なく行かせてもらうで!」


じゃあまた、と言って忍足は歩いて行った。



その後姿を跡部はずっと見送っていた。見えなくなるまで。見えなくなっても。



そしてしぱらくして、ストンとベンチに腰を下ろす。



クゥ...と子犬が跡部に鳴きかける。

跡部は少し微笑んで、子犬に頬擦りした。


「お前のおかげでまた忍足に会えるみたいだぜ」



跡部は自分の中にいくつも交差する感情をひとつひとつ整理しながら、久しぶりに幸せな気分に浸っていた。


また会える。


あの笑顔にまた会える。




「帰るか...」


跡部は子犬にそう話し掛け、帰路についた。























何を犠牲にしてでも守りぬきたいものがありますか

例えば自分を犠牲にしてでも

運命に逆らって自分に逆らって世の中に逆らって愛する人に逆らって

これはそんなひとりの少年の物語です


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