『もっと早くあなたに出会いたかった』




2.過ち

「こらクウ。くすぐってえよ」

先日忍足から譲りうけた子犬はクウと名づけられた。
人懐っこい性格らしく、跡部とすぐに仲良しになり、跡部家で飼われているマルガレーテともまるで兄弟のようにじゃれあっていた。


跡部はあれから「売り」をするのをやめた。



「跡部」


あれから忍足は毎日のように跡部家へやってくる。

「クウ、元気にしとったか?」


ぶんぶんとしっぽを振り、忍足にじゃれるクウ。そしてクウを宝物のように抱く忍足。

...少し ほんの少しだけクウに嫉妬してしまう



「跡部、ほんまにありがとな」

ずっとクウとじゃれあっていた忍足はふいに言葉を発した。


「...何がだよ」

「クウのこと」


忍足はにっこりと笑う。
ぶっきらぼうに振る舞う跡部が実は照れ隠しだ、ということを見抜いているかのように。


「別に...」




自分はずるい、と跡部は思う。
クウを利用して忍足と繋がろうとする自分がいる。

無邪気にじゃれてくるクウを心の底から可愛いと思う反面、その無邪気さに心苦しくなることもあった。


「俺は...ありがとうなんて言われる筋合はねえよ」


「...?なんで」


忍足が跡部家へ通い始めて2週間。
もう隠し通せない。

この気持ちを隠し通せない。

跡部は唇を噛み締めた。爪が食い込むほど拳を握り締めた。



もう...隠し通せないから。





「...お前が好きだ」

きっと初めて目が合った瞬間から

「俺も跡部が好きやで?」

「違う!そういう意味じゃない!」


きっと忍足のいう好きはLOVEではなくLIKE。愛情ではなく友情。

跡部はそう思った。


「...俺を突き放してくれ」


傷つくなら早いほうがいい...






「...なんで突き放さなあかんの?俺かて跡部のことめっちゃ好きやねんで」

跡部は一瞬幻聴を聞いたと思った。

青い瞳を大きく見開き、忍足を見つめる。



「跡部は今まで出会った人の中でいちばん綺麗や」



(綺麗...)



売春をして
金をオヤジからもらって
その見返りとして体を売った



「...俺は綺麗じゃない。俺はこの世で一番汚い」



跡部はうつむいた。
自分以上に汚いものがこの世に存在するだろうか、と。

刺激が欲しくて売春し、欲しくもない金のためにオヤジに抱かれた。


「なんで?跡部は綺麗やで」

「違う!」



目に涙を溜める跡部がいた。

それを驚きの目で見つめる忍足がいた。


ふたつの瞳が交差する。運命のように。



「俺は...俺は...」


言いたくない。
言いたくない。
知られたくない。


でも


「俺は売春してたんだ!」


言わなければいけない。


「汚ねぇオヤジ達に抱かれた。金のためだけに。でももっと汚ねぇのはこの俺なんだよ!」




沈黙が走る。
跡部はずっとうつむいたままだった。忍足の顔なんか見れるわけもなく。

罵られるだろうか。終わりを告げられるのだろうか。


永遠よりも長い時間が流れた。



「もうせんといてや」


永遠のような沈黙を破って耳に流れたきたのは優しい彼の声。


「...え?」

跡部は間抜けに聞き返す。


「もう売春せんといてや。俺と約束して」


「許して...くれるのか...?」

こんな自分を。こんな汚れた自分を。


「俺と出会う前の景ちゃんやもん。俺と出会ってからそんなことしたら許されへんかもしれんけど...誰にだって間違いはあるねん」




心の中に光が差した。


その後の跡部はただひたすらに忍足の胸で泣いた。

己の過去を後悔し、懺悔し、二度と過ちを犯さないよう全てを涙で流した。




この時の胸の温もりを...跡部は死ぬまで忘れないだろう。


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