『神様っていると思う?』
3.運命とやら
それからの日々、跡部は本当に幸福な日々を過ごした。
多分、今までの人生の中で一番。そしてこれからも。
でも...幸せは長く続かないのが物語のお約束だった。
忍足が倒れた。
いつもの公園でクウを散歩させている最中、本当にいきなりだった。
「忍足?!忍足?!」
「け...ぃ...」
激しく動揺する心をなんとか落ち着かせようと跡部は必死だった。
「景ちゃん...ここに電話してや...俺の親父が医者やねん...」
「あ..ああ!分かった!」
数分後には救急車が到着し、跡部は忍足と一緒に救急車に飛び乗った。
***
「1年...?」
跡部の頭の上にこの世の全ての不幸が降ってきた。そんなかんじだった。
「ああ。よく持って1年。短ければ半年だ。手術をしなければ...」
その医者は忍足の父親だった。
忍足によく似た優しい面立ち、優しそうな声。
「じゃあ手術を...なんで早く手術しないんだよ?!」
跡部は忍足の父に詰め寄った。そして肩を揺さぶる。
「あんた父親だろ?!アイツが苦しんでんだ!早く手術してや...」
「...5000万」
忍足の父がポツリと言った。
「え...?」
「侑士の手術にかかる費用だよ。侑士は生まれつき心臓が異常な状態だった。簡単に言えば侑士の体の大きさに心臓がついていかないんだ。その手術ができる医者は今日本にはいない。海外の心臓手術の権威と呼ばれる医師しかできないんだ...その費用が5000万なんだよ」
最後の方は涙混じりの声だった。
彼も辛いのだ。父親でありながら息子を助けることができない不甲斐なさが。
「すみませんでした...」
「いいんだよ。侑士はいい友達を持ったんだね」
忍足の父は跡部の手をそっと取った。
「最期まで...侑士のそばにいてやって下さいね...」
***
跡部は忍足の病室をそっと訪れた。
麻酔がきいているのか、よく眠っている。
「...侑士」
いなくなってしまうのだろうか。
遠くへ行ってしまうのだろうか。
あと1年で?
「いやだ...」
絶対に
絶対に
そんなこと許さない
跡部は静かに病室を出た。
***
跡部は真っ直ぐに自宅に戻った。
足元にクウとマルガレーテがじゃれついてくる。
しかし跡部の足が止まることはない。跡部は真っ直ぐに書斎へ向かった。
書斎には...父親。
コンコン...
形式だけのノックをし、部屋主の了承を得る前に跡部は書斎の扉を開けた。
「父さん」
父と会うのは3ヶ月ぶりくらいだろうか。それほどまでにこの父は多忙な人だった。
「景吾か。どうした?」
こちらを振り向こうともしない父。だがそんなことは跡部にとってどうでもよかった。
「単刀直入に言う。金をくれ」
父がこちらを振り向いた。「金」という言葉に少し興味を持ったのだろうか。
「お前が金を欲しがるなど珍しい。いくらだ?」
「5000万」
父は5000万と聞いても眉ひとつ動かさなかった。
そう、たいした額ではないのだ。この人にとっては5000万など。
跡部はそれを知っていた。だから当然貰えると思っていた。
なのに
「ダメだ」
返ってきたのは非情な言葉だった。
「なんで...!」
「最近のお前のことを調べさせた。なんでも忍足侑士とかいう医者の息子と仲がいいらしいが...ただの友人の関係ではないな?」
「...それがどうした」
「彼は心臓が悪くそれを手術するのが5000万だとか...お前の欲しがっている5000万はこれに使うのだろう?」
キィキィと椅子を回しながら父は言った。
「もう何が言いたいか分かるな?お前は賢い子だ。この跡部家の子息がどこの馬の骨とも分からん人間と、それも男と恋愛など世間に知られてみろ。恰好のスキャンダルだ。彼には悪いが、5000万を出すわけにはいかないな」
「....」
「もうこの話は終わりだ。ああ、勝手に金を持ち出したりしたら忍足君の命が明日にでもなくなると思え」
そして父は再び跡部に背を向けた。
「...あんたを父親だと思ってた俺が馬鹿だった」
跡部はそばにあったガレの花瓶を床に叩き付け、ドアを荒く開けてその場を去った。
***
それからしばらくして忍足は退院した。
もちろん、病気が完治したわけではない。
病院で過ごすより...自宅に戻ってこれからの思い出を多く作るようにと。
つまり...死を宣告されたようなものだった。
「景ちゃん...病気のこと黙っといて堪忍な...」
いつもの公園で忍足はポツリと言った。
跡部は何も言わない。
「俺知っとんねん...俺の病気はもう治らへん。やからこれから景ちゃんといっぱい思い出...」
「侑士」
跡部はベンチからすくっと立ちあがった。
「俺、これからしばらくお前とは会えない」
いきなりの発言に忍足は驚いた。
「なんで?!病気のこと言わへんかったの怒っとるん?!俺もう時間ないねん!景ちゃんと過ごしたいんや!」
跡部は儚く笑った。
「そうだな...」
儚く 悲しげに
「時間が...ないんだな...」
運命があると言うのなら
どんなことがあってもその運命とやらに逆らってみせよう
神様が彼の命を奪うと言うのなら
俺は神様だって殺してみせよう
「あなたのために」なんて恩着せがましいことは言わない
全ては...
「あなたを失いたくない自分のために」
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